Excel での QMS 運用は「間違い」ではない
QMS省令や ISO 13485 は、文書・記録を電子システムで管理することを要求していません。要求されているのは、文書が管理され、記録が真正で、承認や変更の履歴を説明できることです。この要件を Excel と紙の組み合わせで満たしている医療機器メーカーは多く、規模と体制が合っている限り、それは合理的な選択です。
問題は「Excel を使っていること」ではなく、「Excel で説明できる範囲を運用規模が超えたこと」です。以下は、Excel 運用が無理なく成立しやすい規模の目安です。あくまで一般的な傾向であり、文書量や承認フローの複雑さによって前後します。
- 体制
- 品質保証(QA)・薬事の担当者が 1〜2 名で、文書の作成者・承認者・管理者の顔が全員見えている。
- 品目・文書量
- 取り扱う品目が 10 未満、管理対象の手順書・様式が数十件程度で、改訂が年数回にとどまる。
- 拠点
- 製造・QA・薬事が 1 拠点に集まっており、原本の所在と最新版の判断を口頭で確認できる。
- 監査・査察
- 認証審査・当局査察・顧客監査の頻度が低く、記録の提示に数日の準備時間を取れる。
※ 目安の算出条件: 品質保証・薬事の専任または兼任担当が 1〜2 名、1 拠点、管理文書数が数十件規模、外部監査が年 1〜2 回程度の場合を想定しています。
Excel で足りる範囲と、限界が見える 5 つのサイン
Excel が「足りている」状態とは、文書の最新版・記録の所在・承認の履歴を、担当者が仕組みとして説明できる状態です。人の記憶や善意で補い始めたら、限界に近づいています。次の 5 つは、現場でよく見られる限界のサインです。
- 1
「最新版はどれか」を人に聞かないと分からない
ファイル名の版数と配布済みの紙の版数がずれ始め、旧版で作業していた記録が監査で見つかる状態です。
- 2
CAPA・不適合の期限切れが月に 1 件以上ある
台帳の更新が担当者の記憶に依存し、期限の督促が仕組みではなく人の善意で回っています。
- 3
監査・査察の前に「証跡探し」で数日止まる
記録が個人のフォルダやメールに散在し、QA 以外の部門を巻き込まないと記録を揃えられません。
- 4
教育訓練の未受講者を手作業で突合している
手順改訂と受講記録が連動しておらず、誰がどの版で教育を受けたかを台帳から再構成しています。
- 5
記録を「誰がいつ変更したか」を説明できない
Excel のセル変更履歴は残らず、監査証跡(Audit Trail)の説明を求められると回答に困ります。
監査証跡や電子署名の考え方は監査証跡・電子署名の機能ページで、用語は用語集で解説しています。
文書管理・SOP 管理を Excel で行う課題
文書管理は Excel 運用で最初に限界が見える領域です。文書一覧(マスターリスト)を Excel で管理し、本文を Word や PDF で共有フォルダに置く運用では、一覧・本文・配布済みの紙という 3 つの「版」が別々に存在します。この 3 つが一致していることを、毎回人が確認しなければなりません。
よくある課題
- 改訂履歴が文書内の「改訂履歴表」にしかなく、一覧との突合が手作業になる
- 承認は紙の押印で、承認済みの証跡が本文ファイルと分離して保管される
- 旧版の回収漏れが起き、現場で旧版の SOP(標準作業手順書)が使われる
- 文書の定期見直し(レビュー)期限を管理する仕組みがなく、期限超過に気づけない
- 関連文書(上位規定・様式・記録)のつながりが、担当者の頭の中にしかない
eQMS で変わること
文書の作成・レビュー・承認・発効・旧版化を 1 つのワークフローで扱い、版と承認証跡が本文に紐づいて保存されます。改訂と教育訓練を連動させれば、「新版で教育を受けていない人がいる」状態を仕組みで検知できます。具体的な機能は文書・記録管理の機能ページをご覧ください。
CAPA・不適合管理を Excel で行う課題
是正処置・予防処置(CAPA)と不適合管理は、「起票 → 原因分析 → 処置 → 有効性確認 → 完了」という状態遷移を、複数の担当者と期限をまたいで追跡する業務です。Excel の台帳は一覧性には優れますが、状態遷移と期限の管理を仕組みとして持てません。
よくある課題
- 期限の督促が担当者の目視に依存し、期限切れが発生してから気づく
- 原因分析や処置内容が別ファイル・メールに散在し、台帳から追跡できない
- 有効性確認が形式化し、「完了」の判断根拠が記録に残っていない
- 苦情・不適合・内部監査指摘・供給者(サプライヤー)起因の問題が別台帳になり、傾向分析ができない
- 台帳の行を誰がいつ変更したかが残らず、監査で「完了日を後から書き換えていないか」を説明できない
eQMS で変わること
品質イベント(不適合・苦情・逸脱・監査指摘・供給者起因の問題)を同じ枠組みで起票し、CAPA への展開・担当割り当て・期限管理・有効性確認をワークフローで追跡できます。傾向分析も台帳の再集計なしに行えます。詳しくは品質イベント管理・CAPA の機能ページで解説しています。
変更管理・教育訓練管理を Excel で行う課題
変更管理と教育訓練管理は、単独では Excel で回りやすい一方、「文書改訂 → 変更管理 → 教育訓練」という連動が必要になったときに破綻しやすい領域です。
変更管理
- 変更の影響範囲(関連文書・製品・工程・供給者)の評価が、担当者の知識に依存する
- 変更の承認と、それに伴う文書改訂の承認が別々に進み、順序が逆転する
- 変更完了後の有効性確認・関係部門への周知の記録が残りにくい
教育訓練管理
- 受講記録が紙の出席表と Excel の台帳に分かれ、未受講者の把握が突合作業になる
- 手順書の改訂時に「誰が再教育の対象か」を判断する仕組みがない
- 理解度確認(テスト)の結果と受講記録が紐づかず、有効性の説明が弱い
eQMS で変わること
変更申請から影響評価・承認・文書改訂・教育訓練の割り当てまでをひとつの流れで扱い、改訂された手順書に対して対象者へ自動的に教育が割り当てられます。詳しくは変更管理の機能ページと教育訓練管理の機能ページをご覧ください。
移行を判断するチェックリスト
以下の 10 項目のうち、当てはまる数を数えてください。3 つ以上当てはまる場合は、Excel 運用の限界が運用リスクとして現れ始めている状態です。5 つ以上の場合は、移行の検討を優先課題として扱うことをおすすめします。数値はあくまで目安であり、1 項目でも監査で指摘を受けた経験があれば、それが最優先の判断材料になります。
- 1文書の最新版を、人に確認せずに 1 分以内に特定できない
- 2手順書の改訂から配布・旧版回収までに 1 週間以上かかっている
- 3CAPA・不適合の期限切れが月 1 件以上、または期限の把握が担当者依存
- 4監査・査察前の記録準備に、延べ 3 人日以上かかっている
- 5教育訓練の未受講者を手作業(突合)で把握している
- 6記録の変更履歴(誰が・いつ・何を)を提示できない記録がある
- 7拠点または外部委託先が 2 か所以上あり、記録の共有がメール中心
- 8承認・回覧が紙の押印で、承認完了まで平均 3 営業日以上かかる
- 9QA・薬事の担当者が 1 名で、休職・退職時の引き継ぎが困難
- 10今後 1〜2 年で品目数・拠点数・海外展開のいずれかが増える計画がある
チェックの結果を、優先課題の整理につなげる
当てはまる項目が多かった方は、無料診断で「どの領域から手を付けるべきか」を整理できます。移行先の選び方は「QMSシステム(eQMS)の比較と選び方」でまとめています。
無料診断で優先課題を整理するExcel から eQMS への移行の進め方 — 段階移行
移行は「全領域を一度に切り替える」よりも、「領域ごとに段階的に移し、定着を確認しながら次へ進む」方が失敗が少ないです。Excel 運用で蓄積した台帳や手順は、移行時の要件定義の材料としてそのまま活かせます。
- 1
現状の棚卸し
管理している文書・記録・台帳を一覧化し、「どこに何があるか」「誰が更新しているか」を可視化します。移行対象と対象外を分けます。
- 2
移行順序の決定
文書・記録管理 → 教育訓練 → CAPA・変更管理の順で段階的に移すのが一般的です。全領域を同時に移すと、運用と教育が追いつきません。
- 3
並行運用期間の設計
移行中は Excel と eQMS の並行運用が発生します。「どちらが正(原本)か」を期間ごとに明文化し、手順書に反映します。
- 4
バリデーション(CSV)と手順書改訂
ベンダーのエビデンスと自社のテストの範囲を決め、文書管理規定・記録管理規定・教育訓練規定を新しい運用に合わせて改訂します。
- 5
運用開始と定着
教育を実施し、初期は QA が運用状況をモニタリングします。問題点は CAPA として扱い、手順に反映しながら定着させます。
移行前後で変わること(紙・Excel 運用との比較)
紙運用とQMSmartの違い
文書の版管理
承認・回覧
文書・記録の検索
監査・審査対応
CAPAの進捗管理
教育訓練の記録
属人化リスク
| 紙・Excel運用 | QMSmart | |
|---|---|---|
| 文書の版管理 | ファイル名で管理し、最新版がどれか分からない | 版管理を自動化し、常に最新版で作業できる |
| 承認・回覧 | 紙の回覧・押印で数日かかる | 電子承認で数時間に短縮 |
| 文書・記録の検索 | キャビネットや共有フォルダを探し回る | 全文検索で必要な文書を即座に提示 |
| 監査・審査対応 | 証跡探しで現場が止まる | 必要な記録をすぐに提示できる |
| CAPAの進捗管理 | Excelで属人管理し、期限切れが起きやすい | ワークフローで一元管理し、期限を自動督促 |
| 教育訓練の記録 | 台帳管理で、未受講者の把握が手作業 | 受講状況を自動集計し、未受講を自動アラート |
| 属人化リスク | 担当者しか分からず、引き継ぎが困難 | 標準化・一元管理で、組織として運用できる |
バリデーション(CSV)の責任分界は規制対応ページのバリデーション(CSV)の項で解説しています。
よくある質問
まとめ
Excel での QMS 運用は、規模と体制が合っていれば合理的な選択です。判断の分かれ目は「文書の最新版・記録の所在・承認や変更の履歴を、人の記憶ではなく仕組みで説明できるか」にあります。5 つのサインとチェックリストで現状を確認し、当てはまる項目が増えてきたら、文書・記録管理から段階的に移行を検討してください。
移行先の選び方(選定基準・提供タイプ別の比較・ベンダーへの確認事項)は、「医療機器メーカー向けQMSシステム(eQMS)の比較と選び方」で解説しています。